誹謗中傷ブロガー広尾晃の痛い発言を検証する

アクセス数稼ぎのためにプロ野球選手を誹謗中傷し、毎度のようにコメント欄で読者から論破されて逆ギレおこす広尾晃さんのウォッチしていきます。

鄭大均『韓国のイメージ』

韓国のイメージ―戦後日本人の隣国観 (中公新書)

韓国のイメージ―戦後日本人の隣国観 (中公新書)

以前に鄭大均のことを言及したことがあったけれど、実はこの人の本はほとんど読んでいたりする。おもしろいから。『韓国のイメージ』はこの人が結構前に書いた本。ちなみに最初に鄭大均の本で読んだのは『在日韓国人の終焉』だった。で、『韓国のイメージ』は次に手を出したというわけ。この著者の特徴は大量の言説を引用するというところだ。この本にもいろんな人の言説が引用されていて、おもしろい。
かつては現在の北朝鮮のように独裁国家として眺められていた韓国が、80年代のソウルオリンピックあたりから文化的な国家として、日本人に捉えられるようになったという。韓国に対する肯定的な眺めを主導した人は主に保守派だったけれど、保守派であれ進歩派であれ、日本人の書く韓国論というものの問題点がよくわかる本だ。似たようなことをやってた人で青木保(『日本文化論の変容』)。
ところで、前に批判的にコメントした人が返信というか、反応していた。なんというか、きちんとレスすべきなのかなあ。面倒だし、就活とかでイライラしてるし、ちゃんとしたエントリー立ててやってもいいんだけれど、今は気が乗らない。というか、前に言及した時には言わなかったがリンク先の人が鄭に対し、在日の現状を捻じ曲げているという批判は的外れである。鄭が在日問題でどういう発言をしているかは、彼の著書を読んでいる者からしたら明白だけれど、もしかしたらリンク先の人は「強制連行の神話」しか読んだことがなくて、的外れな批判をしているのかもしれない。とはいえ、私だって「神話」を立ち読み程度でしか見ていない。鄭大均が「強制連行」という言葉に批判を加えているのは知っていたので、これまでの鄭の著書を読んでいたのであれば、わざわざ買ってまで読む必要はないと思う。
私は強制連行をめぐる議論を知り尽くしているわけではないのだけれど、どうやら論点は(1)「徴用」を「強制連行」と記述すべきかということと、(2)徴用あるいは強制連行された人数ということにまとめられそうだ。あくまで立ち読みした程度であることを断った上でいうと、鄭は別に朝鮮人が嫌だけど徴用で連れてこられたということを否定してるわけじゃなさそうだし、というかこれは保守派の「強制連行」という言葉への批判全般に共通しているのではないだろうか。もし、そうなら徴用を何と表記するかどうかの些細な問題にすぎない。個人的には強制連行という表記は誤解を生むので、「強制徴用」とかでいいのではないか。ただし、「強制連行」であれ、「強制徴用」であれ日本国民に対しても適用すべきだと思う。
それと、戦争責任について。私はそもそも戦後世代の日本人に大東亜戦争(っていった方がいいのか?)云々で何か義務を負わす議論には賛同しない。だって、私には何の罪もないもの。なんで日本軍が与えた苦しみとかについて思いをはせなきゃいけないのか!と思ってしまうわけ。
とはいえ、一部の日本人が何か使命感を持って生きるのは自由だろう。他の人に迷惑をかけなきゃね。そういう人達を「自虐的だ」とレッテル貼りをすることには賛同しないし、好きにさせればいいとは思う。しかし、だからといって私たちの世代が歴史に無知だったり、無関心であったとしてもそれを非難されるいわれはない。
雁屋とかいう奴も同様だ。こいつの主張は、どうやら日本人がかつてやったことを考えたら嫌韓になるのはあり得ないということらしい。犯罪者が被害者たちが自分を責める理由を理解しないで嫌「被害者」になるのは恥ずべきというのならまだ理解できる。戦後世代の日本人の嫌韓感情は恐らくは反日ナショナリズムへの反動だが、そもそも戦後世代の日本人は加害者ではないし、戦後世代の韓国人は被害者ではない。戦後世代の韓国人の反日感情については『韓国のイメージ』の姉妹書である『日本(イルボン)のイメージ』が詳しい。韓国は日本だけに侵略されたわけではないし、戦後世代の反日感情は単純に植民地時代のなごりではないのだ。